量子コンピューターとは?動作の仕組みやメリット・デメリットも解説
近年は新しいコンピューターの種類として量子コンピューターが研究開発されています。従来のコンピューターとは大きく異なる考え方で実装されていて、私たちの将来を大きく左右するかもしれない技術です。今回は量子コンピューターとは何かから、その種類や従来のコンピューターとの違い、研究された結果、実用化されると私たちの未来がどう変化するのか解説します。
目次
量子コンピューターとは
最初に、量子コンピューターとは何かを理解しておくことが重要です。量子の意味を含めて、量子コンピューターについて解説します。
そもそも「量子」とは
量子コンピューターについて理解するためには「量子」とは何かを理解する必要があります。
まず量子とは、量子力学という物理学の分野で扱われる、微視的な物体の振る舞いを記述するための概念です。量子力学では、電子や原子などの微視的な粒子が離散的なエネルギー状態を持ちます。これらの連続的なエネルギー変化を表現するために、「量子」という言葉が使われるのです。
量子コンピューターで利用される「量子」は、上記で解説した量子の基本的な原理や性質を指します。量子にはいくつもの性質がありますが、それらの中でも量子コンピューターで利用されるのは「重ね合わせ」と「量子もつれ」の2種類です。これらの性質がどのように活用されているのかについては次で詳しく解説します。
量子コンピューターとは
量子コンピューターは、上記で解説した量子力学の原理を利用して研究開発されている、情報処理を実現する新しいコンピューターです。従来のコンピューターは、「ビット」と呼ばれる0と1の状態を用いて情報を表現し、演算をおこなっていました。それに対して、量子コンピューターでは量子ビット(Qubit)と呼ばれる新しい情報の単位が使用されます。量子ビットは、0と1の状態の重ね合わせで情報を表現できるため、一度に多数の計算を同時に実行する「並列処理」を実現しやすいことが特徴です。
また、量子コンピューターの特徴として、上記で触れた「重ね合わせ」と「量子もつれ」を利用することがあります。
まず、重ね合わせは、量子ビットが0と1の両方の状態を同時に取ることができる現象です。そして、量子もつれは、2つの量子ビットが相互に関連付けられた状態で、片方の状態が変化すると、もう片方も即座に変化する現象です。これらの性質によって今までのビットとは異なる高速な演算を実現しています。
研究されている量子コンピューターの仕組み
現在、研究が進められている量子コンピューターの仕組みは、上記で解説した「量子ビット」を回路化したものです。今までは、電気が流れる基盤で実装していた機能を量子計算に置き換えて実現しています。上記で触れたとおり、量子コンピューターは量子の性質を最大限活かして、計算する仕組みとして研究されているのです。
ただ、量子力学の世界はまだまだ発展中であり、不明な部分が多くあります。そのため、そもそも「量子コンピューターとは」という質問に厳密な定義はありません。複数の仕組みが研究されている過程で、IBMなど開発に取り組む企業や研究を続ける大学によって解釈が異なります。これから、その内容が大きく変化することもあり得るでしょう。現状、以下で解説する2種類の仕組みが採用されていますが、量子力学の研究が進むと新しい種類が生み出されるかもしれません。
量子コンピューターの2つの種類
現在、大学や企業で研究されている量子コンピューターには「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」と呼ばれるものがあります。量子コンピューターについて理解を深めるために、2種類を知っていきましょう。
量子ゲート方式
量子ゲート方式は、量子ビットを操作するための「量子ゲート」と呼ばれる基本操作を組み合わせて、情報を処理する方法です。量子ゲートは、量子状態の変換を実現する操作で、ユニタリー行列と呼ばれる計算を用いて表現されます。量子ゲートの組み合わせによって、量子回路が構築され、複雑な計算を可能とする方法です。
量子ゲート方式は、一般的な計算問題や量子アルゴリズムの実行で能力を発揮します。例えば、素因数分解の高速化として知られる「ショアのアルゴリズム」やデータベース検索の高速化である「グローバーのアルゴリズム」などの有名な量子アルゴリズムを処理可能です。
なお、量子ゲート方式の量子コンピューターは、量子エラー訂正機能を持つことが期待されています。詳細は後ほど解説しますが、将来的に高い信頼性と汎用性を持つ量子コンピュータが実装できると予想されている方法です。
量子アニーリング方式
量子アニーリング方式は、量子効果を利用して最適化問題や組合せ最適化問題を解決するための手法です。この方式は、問題をイジングモデルやQUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)といったエネルギー関数に変換して、量子のエネルギーが最小の状態になる状態を見つけ出します。これにより、問題の最適解が算出できる仕組みです。詳細については複雑すぎるため割愛しますが、従来の最適化アルゴリズムよりも効率的に最適解を見つける処理で能力を発揮できると考えられています。
なお、最適化の問題はいくつもあり、特定の応用分野に適した方式です。例えば、「ボルツマンマシンや量子サポートベクターマシンなどの機械学習」や「組合せ最適化問題、運行スケジュール最適化、最短経路問題などの最適化」、他にも金融工学などの分野で応用できます。これらの処理については量子ゲート方式よりも高いパフォーマンスを発揮するはずなのです。
ただ、量子アニーリング方式は、汎用的な計算問題に対してはその効果を発揮しきれないと考えられています。量子ゲート方式ほど幅広い計算タスクには適しておらず、利用する場面を利用者が選ばなければなりません。
量子コンピューターと従来のコンピューターの違い
量子コンピューターと従来のコンピューターは、情報の表現と処理の方法に違いがあります。この違いにより、量子コンピューターは従来のコンピューターでは困難だった問題に対して、高速で効率的な解法を提供することが期待されているのです。
従来のコンピューター
従来のコンピューターは、デジタル技術に基づいて情報を処理するシステムです。情報は電気の流れによるビットという最小単位で表現され、ビットには0または1の2つの状態があります。これらのビットを操作するためにAND・OR・NOTなど物理的な論理ゲートを作成し、組み合わせることで計算する仕組みです。
ただ、従来のコンピューターには性能的な限界があると考えられました。例えば、組合せ最適化問題や素因数分解などは、問題の規模が大きくなると指数関数的に計算時間が増加してしまいます。これらの問題を解決するためには、100年や1,000年という途方もない時間を要してしまうのです。計算時間を高速化するために、新しいコンピューターが必要とされ、その実装手段として量子コンピューターが採用されました。
量子コンピューターによる変化
繰り返しですが量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して情報を処理する新しい技術です。従来のコンピューターとは異なり、情報は量子ビットという最小単位で表現されます。
また、量子コンピューターで採用されている量子ビットは、従来のコンピューターのビットとは違い、0と1の両方の状態を重ね合わせた形で存在ができます。つまり、従来よりも多くの状態を表現可能となり、量子コンピューターはその分だけ多くを同時に処理できるようになりました。また、量子もつれという現象を活用することで、複数の量子ビットから高度な計算も処理ができます。
このような量子力学の特性を活用した量子コンピューターは、従来のコンピューターでは困難だった問題への取り組みを変化させると考えられています。新しい計算方法により効率的・高速化を実現することで、問題を解決できるかもしれないのです。これからの暗号技術やビッグデータ解析などの分野で大きな変化が起こるかもしれません。
なお、従来のコンピューターから量子コンピューターへと遷移することで、抱える課題も変化します。詳細は後ほど解説しますが、新しい課題や従来のコンピューターでは生じ得ない課題が発生しているのです。良い面でも悪い面でも量子コンピューターによる変化があります。
量子コンピューターの実用化で何が起こるのか
量子コンピューターが実用化されることで、私たちの生活にも色々な変化があると考えられます。具体的に何が起こるのか、現時点で考えられることは以下のとおりです。
新薬の研究・開発
量子コンピューターは、新薬の研究・開発において大きな変革をもたらすと考えられています。新薬の開発には、分子間の相互作用や化学反応の解析が必須です。従来のコンピューターでは、量子力学的な計算を正確かつ高速に処理することは難しい状況でしたが、量子コンピューターであればこの問題を解決できます。
今までは処理しきれなかった計算を量子コンピューターが解決すると、効率的に分子シミュレーションや薬物設計がおこなえるはずです。これにより、新薬の開発スピードが大幅に向上する可能性があります。また、近年注目されている、「個人の症状に適した創薬」などの研究においても、量子コンピューターが貢献してくれるでしょう。
暗号の解読
現代の暗号技術に大きな影響を与えると予想されています。特に、ショアのアルゴリズムによって、従来のコンピューターでは実質的に不可能であった計算が現実的なものとなりました。これにより、RSA暗号や楕円曲線暗号など、現在広く使われている公開鍵暗号が破られる可能性があります。
この脅威に対処するためには、量子コンピューターを活用した新しい暗号のアルゴリズムが研究・開発されなければなりません。現時点では完璧な解読は実現されておらず、新しいアルゴリズムの開発も進んではいませんが、量子コンピューターの実用化と共に世界が大きく変化すると考えられます。
AIも量子コンピューターで実装できる時代へ!?
量子コンピューターが実用化されれば、AIも実装できる時代がやってくると考えられます。現時点では、量子コンピューターは特に多くの計算が必要な処理に利用されていますが、AI向けに最適化される時代が来るでしょう。特に、量子コンピューターはデータベースからの検索を高速化できるため、適切に活用すれば、より高度なAIの学習を実現できるとされています。
現在でもChatGPTのように、非常に高性能なAIが実装され一般に公開されている状況です。今までの歴史を鑑みると、今の状況でもテクノロジーの進化を感じることは間違いありません。ただ、量子コンピューターが実用化されると、AIはさらなる進化を遂げるでしょう。
とはいえ、AIの実装や稼働にはリソース面での課題があります。例えば、大量のメモリを搭載した環境を用意できなければ、最適な状態で動作させられません。量子コンピューターにおいて高速な処理を実現できたとしても、リソース面での課題は残ってしまうと考えられます。新しいアルゴリズムの開発と同時に、ハードウェアの開発も進むことで、AIが量子コンピューターで実装できる時代がくるのです。
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現在のテクノロジーでは課題も多い
現在は量子コンピューターの開発に力が入っていますが、まだまだ課題も多い状況です。現時点で量子コンピューターが抱える課題を3種類紹介します。
量子デコヒーレンス
量子デコヒーレンスとは、「量子状態の崩壊」を指します。量子コンピューターは、量子ビットが重ね合わせ状態や量子もつれ状態を持つことを活用して計算する仕組みです。ただ、この状態は非常に繊細であるため、外部環境との相互作用によって容易に崩れてしまいます。量子が崩れてしまい、量子ビットの状態が不安定になると、計算結果が不正確になることが量子デコヒーレンスです。
これは大きな課題であり、量子力学の世界では対策として、いくつもの研究が進められています。
現時点で有力な解決策は、量子ビットを外部環境から遮断して、デコヒーレンスの原因となるノイズや干渉を最小限に抑える方法です。超低温環境や特殊な材料の使用によって外部環境からの影響を受けないようにします。ただ、量子デコヒーレンスの対策にはなりますが、量子コンピューターの規模が大きくなるなど、実用化に向けては別の課題を抱えてしまいます。
また、量子エラー訂正もデコヒーレンスを解決する方法として研究されています。ただ、量子デコヒーレンスを克服するためにも、エラー耐性やエラー訂正に関する課題の解決が必要です。
エラー耐性・エラー訂正
量子コンピューターにおいて、エラー耐性・エラー訂正が大きな課題です。これは、量子ビットが繊細であることにより、計算の過程で生じるエラーが従来のコンピューターに比べて発生しやすいことに起因します。従来のコンピューターよりも誤りを含んでしまう可能性が高まっているのです。
このようなエラーへ対処するために、従来のコンピューターと同様にエラー訂正の研究が進められています。量子コンピューターについては「量子エラー訂正」という手法で研究されている状況です。冗長な量子ビットを用いてエラーを検出し、訂正することを目的としています。
もし、量子エラー訂正の技術が実用化されると、量子コンピューターの信頼性は大きく向上します。そうなれば、現時点ではまだ導入されていない分野以外でも、量子コンピューターの導入が現実的になるでしょう。
スケーラビリティ
スケーラビリティは、大規模な問題を処理できるだけの量子コンピューターを実装するための課題です。現在の量子コンピューターは、比較的小規模な量子ビット数でしか構築できず、実用的な問題を解決することはできません。量子コンピューターに期待されているような問題を解決するためには、より多くの量子ビットを組み込んだ大規模な量子コンピューターを実装するテクノロジーが求められます。
ただ、現在の技術では、量子ビットが増えれば増えるほど外部環境からの影響が増えてしまう状況です。つまり、大規模な量子コンピューターを実装しようとすると、計算結果の不正確性が高まってしまいます。莫大な時間とお金をかけて大規模な量子コンピューターを実装しても「結局は使い物にならない」というのが正直なところなのです。
これについては、まだまだテクノロジーの発展が求められます。現在の研究結果だけでは開発できない何かが必要であり、将来的な解決が期待される課題です。
量子コンピューターは未来をどう変化させるのか
量子コンピューターが未来をどう変化させるのかは、未知数の部分が多くあります。解説したとおり、今までは解けなかった問題の解決が期待されますが、まだそのレベルの量子コンピューターは実装できないからです。アルゴリズムの研究だけではなく、ハードウェアの研究も進まなければなりません。
ただ、量子コンピューターの研究が進み、実用化された暁には、私たちの生活が大きく変化すると考えられます。例えば、今まで以上にAIの性能が高まり、より多くのことを処理してもらえるようになるでしょう。また、一部の仕事は今まで以上にコンピューターに奪われてしまうかもしれません。
現状、「量子コンピューターの開発にはメリットが多い」という論調が多く見られます。たしかに、未来を良くしてくれるという観点ではメリットが多いでしょう。例えば、IBM社は量子コンピューターの開発とそのメリットを活用するためのロードマップを示しています。
しかし、働き方の変化など、私たちの生活に莫大な影響を与えるテクノロジーであることは、理解すべきでしょう。
まとめ
量子コンピューターについて解説しました。量子コンピューターは量子力学で取り扱われる「量子」を利用して計算するもので、従来の「ビット」を利用して計算するものとは大きく異なります。量子はビットよりも多くの状態を表現できるため、より効率よく計算ができるようになるのです。
ただ、現在の研究では大規模な量子コンピューターは実装できず、小規模なものに限られています。この規模では量子コンピューターの良さを活かすことは難しく、実用化はまだ先だと考えましょう。少しずつ、量子コンピューターが市販されていますが、まだまだ簡単な計算にしか対応できません。
とはいえ、量子コンピューターが実用化されると、従来のコンピューターとは比べ物にならないほどの力を発揮するはずです。今後のテクノロジーに大きく左右される部分であり、どのような研究が進められているのか、キャッチアップするようにしてみましょう。